2026年4月27日 / 最終更新日時 : 2026年4月27日 kuniedahiroshi 古代史への懐疑 「二倍年暦」説は成り立つのか 第一節 「春耕秋収」と二倍年暦 はじめに 古田武彦氏の『邪馬台国はなかった』、『失われた九州王朝』をはじめとして氏によって度々論じられてきた二倍年暦。私は、『日本書紀』には二倍年暦が使用されていないということについて本 […]
2026年4月27日 / 最終更新日時 : 2026年4月27日 kuniedahiroshi 古代史への懐疑 大野東人と多賀城 『続日本紀』と「多賀城碑」から はじめに 多賀城と大野朝臣東人に関する史料については、私が不案内で関与できない考古学的なものを除けば、頼れるのは『続日本紀』と「多賀城碑」だけである。史料に制約があるが、『続日本紀』に記載されたことを軸にして、これと「多 […]
2026年4月27日 / 最終更新日時 : 2026年4月27日 kuniedahiroshi 古代史への懐疑 「夷狄」考 –『論語』と『史記』より― はじめに 『論語』を改めて読んでしばらく考え込んだ。異民族・異文化の民を表す「夷狄戎蛮」などの解説の多くに違和感を覚えたからだ。『論語』には「夷狄」が二か所、「九夷」と「蛮貊之 […]
2026年4月1日 / 最終更新日時 : 2026年4月27日 kuniedahiroshi 古代史への懐疑 古代史コラム No.6 『翰苑』 あれこれ 第1項 はじめに 『翰苑』の不可思議 『翰苑』を知ったのは、次の第2項でも述べるように古田武彦氏の『邪馬一国の道標』を読むことによってである。 『翰苑』は張楚金によって書かれたもので、その最後に彼が孔子の夢を見たこ […]
2025年11月24日 / 最終更新日時 : 2025年12月28日 kuniedahiroshi 古代史への懐疑 神功皇后紀に隠された西暦年 はじめに 本稿は十數年ほど前だったかに書いたものに、若干の手直しを加えたものである。 『日本書紀』に対して、また「一般的にそう見なされている常識的古代史」に対して疑いの目を向け始めたのが、特に 対中国外交史であった。そし […]
2025年11月24日 / 最終更新日時 : 2025年11月24日 kuniedahiroshi 古代史への懐疑 古代史雑感 『続日本紀』と「多賀城碑」 はじめに 多賀城と大野朝臣東人に関する史料は、私が不案内で関与できない考古学的なもの除けば、頼れるのは「多賀城碑」と『続日本紀』だけである。史料に制約があるが、『続日本紀』に記載されたことを軸にして考えられる限りで私見を […]
2025年9月14日 / 最終更新日時 : 2025年9月18日 kuniedahiroshi 古代史への懐疑 前方後円墳とヤマト朝廷の支配 — 偶然の奥州市 — 古代史コラム No.5 奥州市について私は二つの点で注目している。一つは大谷翔平の出身地として。もう一つは古代史の舞台として。ここで語るのは後者の方である。 今年八月の東京古田会の研究発表:「対等外交は教科書から消え […]
2025年9月14日 / 最終更新日時 : 2025年9月18日 kuniedahiroshi 古代史への懐疑 「夷狄」考 –『論語』と『史記』より― はじめに 『論語』それ自体 『論語』を改めて読んでしばらく考え込んだ。異民族・異文化の民を表す「夷狄戎蛮」などの解説の多くに違和感を覚えたからだ。『論語』には「夷狄」が二か所、「九夷」と「蛮貊之邦」が各一か所で記されてい […]
2025年7月30日 / 最終更新日時 : 2025年7月30日 kuniedahiroshi 古代史への懐疑 倭国の遣使先とその遣使姿勢 2018.1.24 はじめに 通常、倭(い)国(こく)(注)について論じる場合には中国の史書類と古事記や日本書紀という日本の史書を突き合わせながら行われる。しかし、私 […]
2025年7月29日 / 最終更新日時 : 2025年7月30日 kuniedahiroshi 古代史への懐疑 『隋書』倭国伝への一考察(上) ― 「対等外交」 は教科書から消えるのか ― 『隋書』倭国伝、大業三年条の次の文章はあまりにも有名だ。 大業三年 其王多利思比孤遣使朝貢 使者曰 海西菩薩天子重興仏法 故遣朝拝 兼沙問数十人来学仏法 其国書曰 日出處天子致書日没處天子無恙云々 帝覧之不悦 謂 […]